Archive for ◊ 8月, 2011 ◊

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• 水曜日, 8月 24th, 2011

友人3人と再び合流して列車で八達嶺長城へ。



駅舎が新しくなってからは初めて北京北駅から乗車。



運賃も値下げになり交通カードも使えるようになりました。



和諧長城号と承徳ゆきの普客。



1時間ちょっとで八達嶺に到着。

実はこの駅で降りるのは初めてで、今まで列車で来た時はスイッチバックの駅である青龍橋で下車していたため。

 

休みながら北八楼まで行き、下りはロープウェイでラクチン下山。



帰りはS218次で北京北駅に到着。

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• 火曜日, 8月 23rd, 2011

北京に戻る列車が23時20分なので瀋陽で一日観光。

 

まずは北陵公園へ路線バスに乗り移動。



世界遺産にも登録されている清昭陵。

清朝第二代君主の皇太極の墓です。



隆恩殿と大明殿と宝城。

 

ここからはタクシーで東陵公園へ移動。

運転手に東陵公園と行き先を告げたら笑われた。



こちらの清福陵も世界遺産に指定されている。

清朝の第一代君主の努尓哈赤の墓です。



隆恩殿と明楼と月牙城。

 

この後、市内へ戻り荷物をピックアップして夕飯など。

地下鉄の終電が無くなる前に瀋陽駅へ。



北京へは撫順北発のK96次の軟臥。

狙っていたK54次が既に売り切れており、これしか乗車券は買えなかった。



けっこう草臥れた25G型客車でした。

軟臥は25B型を改造した車両で塗装だけ25G仕様で形式すら変更されていなかった。



K96次のサボです。

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• 日曜日, 8月 21st, 2011

大連駅前の南バスターミナルから朝8時の高速バスに乗り4時間、やって来たのは国境の街である丹東。満州時代は安東と呼ばれていた。

お昼に着いたのでまずは腹ごしらえ。



朝鮮料理の玉流館옥류관。平壌冷麺で有名なお店。



高級朝鮮冷麺。メニューには時価って書いてあったw

 

お腹がいっぱいになったら鴨緑江を散歩です。



対岸に見える煙突は旧王子製紙工場。



鴨緑江断橋。



鴨緑江断橋を渡っていたら新義州の方から汽笛が聞こえ貨物列車がやって来ました。

車両をよく見ると朝鮮鉄道のマークがあり興奮。



鴨緑江断橋の先端まで来ました。

有名な観覧車もありますがやはり動いていません。



毛沢東像と丹東駅。



丹東から瀋陽まではK28次に乗車。

3時間半程度の短区間ですが硬臥ですw



夕暮れ時の丹東駅で出発を待つK28次。



最近はシールサボになって味気なくなりましたね…

加1号車があり軟臥車が増結されていました。



途中雷雨で15分程度遅れて到着。もの凄い雹が降ったらしい…

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• 土曜日, 8月 20th, 2011

大連の2日目は旅順へ行くことに。



6331次の乗車券。この列車の乗車券は無座のみで自由席です。



機関車の先頭へ行くことを係員に止められたのでこの位置で。



客車は瀋局瀋段(瀋陽鉄路局/大連車両段)の22型と25B型の混合編成。



瀋局瀋段の東風DF11型。



旅順駅。

ここからはタクシーをチャーターして観光します。



まずやって来たのは二百三高地。日露戦争の激震地で乃木将軍が作らせたという爾霊山の塔があります。

尔灵山ěrlíngshānと二零三èrlíngsānでピンインが似ていますね。

私たちの世代だとTBSで連続ドラマをやっていたので印象深いと思います。脳内BGMは「防人の詩」。



第三軍の司令官・乃木希典が戦死した地点。

 

ロシア軍の要塞、東鶏冠山北保塁へ移動。



入口付近の石刻。



銃痕だらけの外壕壁。



日本軍の突破口。



ロシア軍の兵舎内部。



満州戦迹保存会が1916年に立てた記念碑。

 

そして最後に水師営へ移動。



水師営会見所。

乃木将軍とアナトーリイ・ステッセリ司令官との会見でロシアが降伏した場所で、文革の時に壊されたため復元されたもの。

 

予定よりも早く回ってしまったので帰りはバスターミナルで降ろしてもらい昼食後に大連へ戻る。

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• 金曜日, 8月 19th, 2011

大連空港で東京からの友人3名が合流し、空港バスで市内へ。



今回大連で2泊する大連賓館。旧・大連大和旅館で1914年に建てられた。



ホテルにチェックイン後、徒歩で満鉄旧跡陳列館へ。

現在も鉄路局が使用しているのだが以前はあったらしい表示類が一切無く、正面入口や右側の別館入口で聞いてようやく入場できました。基本的にはツアーでということなんでしょうね。



別館の1階。これ以降は撮影ができません。

館内は日本語の上手なガイドの方が案内してくれました。また満鉄時代の遺留品の販売コーナーもあり友人たちは購入していました。



満鉄マークの入った現役の消火栓蓋。



大連市電。満州時代からの3000型。



こちらは深緑色の車両。

市電乗って勝利橋へ移動。



勝利橋。満鉄時代は日本橋と呼ばれていました。

この橋を渡るとロシア建築物が並ぶロシア街がありますが、そちらへは行かず少し東の方へ移動します。

 

ボイラー工場の入口で目的を告げ入場。

中にいた係員に担当の方を呼んでもらい案内してもらいます。



特急あじあ号の機関車パシナです。



ただ建物内に封じ込められているので撮影するのが厳しいです。

キャブ内に入ることも可能。我々が帰る時に大型バスでツアー客がやって来ました、ここも基本ツアーでということらしいです。最後に見学料を払い帰ります。



途中には大連折返段もありちょっとだけ撮影。



夜は何故か餃子の王将へ。是非北京にも作って下さいw

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