本編とは別に記事を立てました。
今回の旅行では撮り鉄プランも組み込んでいたのですが、9/16の蘭州では雨に降られ撮影地点までのアクセスが難しいため実行できず、今回は9/21の呼和浩特のみとなりました。
呼和浩特駅のすぐそばにある陸橋から朝食後と午後の2回撮影してみました。

蘭州から乗車した2636次よりも約3時間前に発車したはずの1718次が2時間遅れでやって来た。途中で2636次が追い抜いたって事か…
この1718次は10月下旬に25G型に置き換えられ経路が宝中線経由に改められることになっている。また長距離の緑皮車が消滅する。

東勝ゆきのK7903次。
午後の部

杭州ゆきのT284次、京包線唯一の特快。
和諧HXD3C型と25K型客車の珍しい組み合わせが楽しい。

40分遅れで発車した包頭ゆきの1711次。韶山SS3型が3機並んだw

和諧HXD2型牽引の集通線用M70貨車を連ねた石炭列車。

1時間20分遅れで発車した包頭ゆきのK711次。
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いよいよ北京へ戻る列車に乗ります。

折角なので大同を通らずさらに長城越えをするK274次に乗車します。北京北に到着するのも帰宅するには都合がよいし…

呼局包段(呼和浩特鉄路局/包頭車両段)の25G型客車を使用。
隣のホームには錫林浩特ゆきのK7916次が入線、この列車もRW19A型が連結されているとの情報がありましたが2両ともRW25Bでした。
私の乗車した車両は呼和浩特で既に満員で全員が北京北で降りるようでした。
最初の停車駅である呼和浩特東駅を発車後、乗警による身分証明証の確認が行われ、二代身分証を端末で読取る作業が行われました。私はパスポートだったので中身も見ずに直ぐに返却… そしてこの車両が終わるといきなり消灯され真っ暗にw

翌朝起きると進行方向が変わり居庸関の長城が見えてきました。

南口で張家口南からの機関車を切り離します。

北京北に到着。
康庄からの機関車で、ここからは瀋陽局の機関車に変わります。

K274次のサボ。
この列車はここからさらに31時間かけてロシア国境の満洲里まで走ります。
蘭州からは経路を変えて内モンゴル自治区の呼和浩特へ向かいます。
今回は水害での遅延や運休が発生している隴海線へ抜けるプランじゃなくて良かったと思いました。

普快の2636次に乗車、19時間20分の緑皮車の旅だ。
蘭州と呼和浩特を結ぶ数少ない列車の一つで、K44次が隔日運行のため1718次と共に貴重な存在となっている。

呼局包段(呼和浩特鉄路局/包頭車両段)の22型と25B型客車を使用し、軟臥がRW19A型を使用しているという情報もあったがこの日はRW25Bでした。
もっとも軟臥の乗車券は買えませんでしたが…

最初の停車駅である皋蘭で韶山SS3B型の牽引する貨物列車と交換。
包蘭線の甘粛省と寧夏自治区内は単線なので列車交換のための停車がかなりありました。

山の谷間を縫って走るため急カーブが多いのが特徴。
牽引する機関車は和諧HXD3型。

寧夏自治区に入ると山が遠く離れ田園地帯が広がる風景に変わる。

中衛駅に到着。

線路際には名産の棗畑も見ることができる。

寧夏自治区の省会である銀川に到着。
反対側のホームには太中銀線経由の特快T278次(銀川~北京西)が停車していた。

翌朝起きると最後の途中停車駅である察素斉に停車した。この時点で20分ほどの遅れが出ていた。

呼和浩特に到着。

サボ。私の乗った硬臥車は22B型客車でした。

呼和浩特駅の駅舎。
朝食後、駅前から1路の路線バスに乗り移動。

五塔寺(金剛座舎利宝塔)。
訪れた時間が9時半くらいだったせいかお客さんは誰もいませんでした。
見学後に徒歩で大召寺へ。

大召寺。
呼和浩特で最も古いチベット仏教寺院とのこと。この寺院は結構広かったし銀の釈迦牟尼像が立派でした。

嘉峪関から蘭州まではT9202次の軟臥で移動します。

蘭州と嘉峪関をT9201次~T9204次~T9203次~T9202次といった運用が組まれており、元・金輪号の25DT型客車が主体となった編成で軟臥・硬臥・硬座に加え、軟座のRZ25T客車と高級軟臥のRW19K客車が連結された混成編成になっている。
この25DT型客車は25K型に相当するのだが、ただ硬臥車については開放3段寝台だ。
隴海線の下り列車が軒並み遅れており、この列車になる折り返し列車も遅れて到着したが定刻で発車。
私の乗車したコンパートメントは3人が嘉峪関から、1人が酒泉から乗車しました。

翌朝蘭州に到着。蘭局蘭段の韶山SS7E型が牽引してきました。
ディーゼル機関車でプッシュプルしていた金輪号時代に乗りたかったですが、これも時代の流れです。

シールサボ。
蘭州局は既に従来の差しこみサボは廃止しちゃったようで残念…

蘭州駅の出口にある到着列車の表示案内。
隴海線の下り線が水害で不通になったため到着が未定となっている列車が続出。昨夜嘉峪関で遅れていると案内されていた列車がまだ蘭州にすら来ていないようです。一部の列車で運休や太中銀線経由に変更もあったようです。
敦煌を離れ次の目的地である嘉峪関へ移動します。

この駅で唯一午前中に発車する西安ゆきのK592次に乗車。

寝台車側の乗客はまばらです。

この列車は蘭局蘭段(蘭州鉄路局/蘭州車両段)の25G型客車で、蘭州~敦煌の局内快速K9667/K9668次と共通運用を組んでいます。

敦煌入りした時は砂が巻き上げられて視界が悪かったが、この日ははっきりとした景色が流れていった。

この車両は5人しか乗っていなかった。しかも全員嘉峪関で降りるようで、この車両は嘉峪関から乗車の割り当てのようでした。わざわざ中段を購入したのにw

規模の小さいヤルダン風な景色も続きます。

最初の停車駅である瓜州。ここで往きに乗って来たY667次と列車交換する。

風力発電の巨大風車が立ち並ぶ。

敦煌線と蘭新線との接続する柳溝駅。
時刻表上では停車しないことになっているのだが、鉄道職員らしき人達が乗車してきた。

玉門鎮駅で停車していた烏局烏段の東風DF8B型機関車が牽引する貨物列車。

行きは貨物列車とすれ違いで見えなかった嘉峪関長城が見えました。

嘉峪関に到着です。降りる乗客も少なく閑散としたホームです。
隣に謎の旅游列車が停車していました。

なんとそのサボには烏魯木斉~海拉尔と書かれていました。こんな東北と西北横断するような区間の定期列車はもちろんありません。
車両は哈局三段(哈爾浜鉄路局/三棵樹車両段)の22型と25B型の緑皮車編成でした。

嘉峪関駅の駅舎。
切符売り場は窓口が4つだけ。しかも発売状況の電光掲示板なんてものはなく、当日分の空席状況が黒板にチョークで手書きされていました。
駅前横のバス乗り場から4路の路線バスに乗り終点の城楼まで移動。

明代に作られた長城の西先端にあるのがこの嘉峪関。砂漠の中にある長城でも有名で、ここで馬から駱駝に乗り換えたと言われている。ちなみに東先端は山海関で、そちらは以前行ったことがあるのでようやく長城の両端を見る念願を果たすことが叶った。

真ん中あたりを蘭新線が突き抜けています。その部分だけは長城の壁もありません。
敦煌滞在2日目はホテルの日帰りツアーに参加することに。

ハイエースに乗り、6時半にホテルを出発。
移動中の7時50分頃に日の出を迎えました。
敦煌市内から180kmを2時間半かけて最初の目的地であるヤルダン地質公園に到着。
ここまで来ると新疆ウイグル自治区との境はすぐ。

ヤルダン地質公園はかなり広くマイクロバスに乗り換え移動。

孔雀の形に似ている地形。
約1時間ほど見学し、次の地点へ移動。この道路は半分くらいが舗装されておらずダート走行という厳しい条件でした。

ヤルダンから60km戻った所にある漢長城があります。

さらに10kmほど戻ると玉門関が。
それから1時間ほど走り陽関の葡萄園で遅い昼食となりました。

残念ながら観光地料金だったのでその分は葡萄でw
葡萄園の直ぐそばにある陽関。

陽関の正門。
ここは広いので1時間半の見学時間がありました。

はるか後方に唯一残る烽火台跡。
時間があるので行ってみることにしました。

山の上から見えた風景です。
ここを見学した後は敦煌古城が予定されてましたが行かないことになったのでそのまま市内へ直行。
17時前に解散となりました。
蘭州から敦煌まで移動します。

乗車するのは隔日運行の旅游列車Y667次。

蘭州駅に乗車時のY667次。
蘭局蘭段(蘭州鉄路局/蘭州車両段)のサビの浮いたかなり草臥れた25G客車でした。軟臥が2両あるものの餐車(食堂車)の連結がないのは残念だ(車販はあるのでカップラーメンを食べることは出来るが…)。
この日の車内は香港からのツアー客らしい団体で賑やかでした。
途中は武威南、武威、金昌、酒泉と嘉峪関に停車。
旅游列車だけあって特快よりも停車駅は少なめです。

翌朝起きてすぐに嘉峪関に停車。
発車後に嘉峪関長城が見られるかと思っていたのですが、対向の貨物列車が被り一部しか見ることが出来ませんでした。

この列車だけは引換証も蘭局共通のものではなく特別なデザインのものを使用していました。裏面は鳴沙山と旅游列車らしくていいですね。

風が強い天候で砂が舞い上がって視界の悪い風景が続きました。

敦煌駅に到着。駅も砂で煙っている状態でした。

シールサボ、旅游快速になっています。

敦煌駅の駅舎。
今回宿泊する莫高賓館の送迎車で一旦市内へ。
チェックイン後は近くの敦煌飯店前から莫高窟ゆきの路線バスに乗車(運賃8元)。

第96窟の北大仏殿。

見学できるのは一部の窟のみ。
路線バスで市内へ戻り、中医院という場所から3路の路線バスに乗り月牙泉へ。

鳴沙山。
日本人がイメージする砂漠そのものといった感じの風景が広がっていました。

砂漠の中のオアシス、月牙泉。

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